自分という枠におさまらず生きる

その対象が組織だろうが政府だろうが、自分の外側に見ている大きなものに対して憤っている人って、「自分」という思いこみでしかない枠組みに自分本体をおさめようと無理をしていて、その内的な無理や引き裂かれを外側に外在化しているだけなんだよね。

被害者マインドの仕組みも同じ。社会問題や環境問題だって同じことだ。

「自分」とか「人間」とか「社会」といった思い込みの枠に自分本体を無理におさめようとしなければ、つまり、一体の生き物としてのエネルギーの動きや流れに素直になれば、個から世界は変わるという事実は考えるまでもなく当然のことになる。

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