喜びとは

喜びというのは、自分と他者(世界)が融合状態にある時のエネルギーのことではないか。

たとえば何かに夢中になっている時、私たちは「我」を忘れている。つまり世界とひとつになっている。そういうエネルギー状態を「喜び」というのではないか。

喜びとは、誰かや何かという外側の条件がもたらすものではなく、獲得した成果や成し遂げた結果が与えてくれるものでもなく、体験や行為そのものの中で体感される「状態」を表しているように思う。

また、喜びは自分と他者(世界)との融合だけでなく、自分自身の融合状態でもあるだろう。自らの感覚を素直に行動する時、それは感じられるのではないか。自己欺瞞(本当に感じていることを思考が止めている状態)や自己否定の状態にあると、喜び(命の流れ)は感じられなくなる。

そして、誰かを喜ばせようとして行った結果が、相手に喜びをもたらすのではなく、喜んでもらいたいと夢中に考え、夢中に行動するそのエネルギー状態が、他者へと波及するのではなかろうか。自らが喜び(エネルギーの流れ)そのものになると、それは自ずと他者(世界)へと伝わっていくのではないか。

喜びは、成果や結果の中にあるのではなく、そこへと向かう生きたエネルギーの流れそのものであり、命を生きているという状態のことなのだろう。

“喜びとは” への2件の返信

  1. そうですね。
    今までは自分の行いに対する結果で自分や他者との間で共有できる感情だと思ってましたが、よく考えてみると結果ではなく、
    そこに向かうまでのエネルギーは喜びであり、他者もまたそこに共鳴して喜びを感じるものだと気づきました。
    ありがとうございます。

    1. 幸恵さん、コメントをいただきありがとうございます。

      以前に何かで「欲しいものを目指してがむしゃらに働き、やっとそれを手に入れたら『こんなものじゃない!』と感じてしまった」というような話を読んだのですが、それはまさに「喜びは体験の最中にある」ということを表しているなと思いました。

      結果はどうであれ、そのような心で、どのようにエネルギーを注いだかが他者にも伝わり、またそれは結果として生じた形にも宿るのでしょうね。

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