チェコのスピリチュアリズム

チェコは世界で最も宗教人口の少ない国・最も無神論者の多い国のひとつとして知られている。

しかし、10世紀にキリスト教への改宗が進められるより以前に信仰されていたと思われるスラヴ神話や原始宗教の名残は、今でもしっかり残っている。一神教的神の存在は信じられていないようだが、チェコの多くの物語の中には想像上の生き物や架空の存在が登場する。首都プラハを予言した王妃リブシェも伝説の存在だし、水の精など数々の精霊の存在は今も語り継がれている。

プラハ市内周縁部にある我が家のすぐ近くに、紀元前2500年頃に人が暮らしていた要塞跡があるのだが、そこを訪ねるたびに、当時の人々はどのような世界観と信仰を共有していたのだろうと思いを馳せている。

うさぎが導くスピリチュアルストーリー

昨日の朝に目撃した3羽の野うさぎと、そこからたどり着いたThree Haresのモチーフ。うさぎについて考えていたら、オーラソーマボトルの中に「コズミックラビット」という名のボトルがあったことを思い出した。

「コズミックラビット」という別名を持つ「大天使ザドキエル」はオーラソーマの99番目のボトルで、1999年2月26日に誕生した。その誕生からちょうど19年後の2月26日に、思いがけずこのボトルのことを考えているという偶然がおもしろい。

この2日ほど強制終了させられたかのように眠り続けていた(そしてやたらと夢を見ていた)のだが、眉間のあたりが熱を帯びている気がして、手のひらほどの大きさのアメジストを額に当てながら眠っていた。大天使ザドキエルってアメジストの光で変容をもたらすのだっけ?と思い出したのは、ついさっきのこと。

オーラソーマセラピストを辞めてかれこれ8年。最近はオラクルカードからも離れ、タロットカードも触らず、天使などのスピリチュアルな話題には実は飽きてしまっていたのだが、なぜかまたこのような偶然がいくつか重なり、ふたたび私の中のスピリチュアルストーリーが活性化してきている。

そういえば、半年ほど怠っていた(すっかり忘れていた)瞑想を数日前から再開したのだった。また、ダスカロスのことを思い出して、彼の著書「エソテリック・プラクティス」に記されている日々の反省や視覚化のレッスンも再開したところ。

うさぎに導かれて、ふたたびスピリチュアルな旅が始まろうとしている。

 

肉体という自然とエネルギーの流れ

Twitterのタイムラインに流れてきた「肉体も環境の一部」という言葉に、まったくその通りだと納得する。

ある頃から、自分の体は奇跡のようなバランスで循環しつづける最も身近な自然なのではないかと感じてきた。常に変化しつづけながら、常に完璧にバランスされている。とてもじゃないけれど頭(思考)で捻じ伏せられるものじゃない。

体の外側に見ているものは体の内側を映し出しているし、体の内側で起きていることは体の外側に対して行っていることと同じ。体は常に開いたり閉じたりを繰り返し、自分(という何か)は内と外を行ったり来たりしている。

自分とは、やはりエネルギーの流れのことなのだなと納得する。

Three Hares

今日の早朝、朝日を見ようと出かけた近所の野原で、3羽の野うさぎが猛スピードで駆け抜けていくのを目撃した。

私は、祖母から三代続く卯年の生まれで、誕生日が3月3日(母も同じく3月3日生まれ、祖母の誕生日は3月4日)なので、子供の頃から3という数とうさぎにはちょっと特別な思いを抱いている。

そんなわけで今朝の出来事はなかなか嬉しい徴候だと思っていたところ、3羽の野うさぎ=Three Haresが古代から世界のさまざまな地域でモチーフとして用いられてきたということを知った。

Three Haresのモチーフは、イギリス諸島(特にデヴォン州に多数)やドイツ西部、フランス東部など西ヨーロッパの中世教会建築に多く用いられている。また、イランでは銅貨や装飾皿に描かれているのが発見されたり、最も東では敦煌に近い莫高窟の寺院の天井に描かれているらしい。

これからしばらく「Three Hares」を追いかけてみようと思う。

The Three Hares Project
The Mystery of the Three Hares Motif

Catching the sunrise

日の出を見ようと近くの野原へ。
気温はマイナス12度。

日が昇るとともにたくさんの鳥たちが歌い始める。
突如現れた3羽の野うさぎが猛スピードで駆け抜けていった。

楽園はいつも私の中に

ヴァレリー・ゲルギエフ指揮、キーロフ歌劇場管弦楽団演奏によるアレクサンドル・スクリャービン「法悦の詩」を聴いていた。この時期になると聴きたくなる作品のひとつだ。

まだまだ外は寒いけれど、それでも春が近づいているのを体の中で感じている。土の中や木々の中に感じる蠢きに近い何かが自分の内側にも起きているのを感じる。

この曲の原題は「Le Poème de l’extase=The Poem of Ecstasy」。

エクスタシーという言葉から私が思い出すのは、ある日の瞑想中にやってきた強烈な体感だ。あれはいわゆるクンダリーニ昇華と呼ばれる現象だろうと思う。喜びが骨盤底部から体の中心を通って頭頂へと駆け抜けていくようだった。

身体は静かに座っていて、確かに周囲の存在や気配を感じていたけれど、意識は自他という境界を越えていた。骨盤の中から宇宙が広がり、それは皮膚を超えて外側へと際限なく続いていた。あれは肉体を通して得られる快感とは比べ物にならないほどの至福感だった。

瞑想を終えた後、自分が味わった感覚を説明しようと口をついて出た言葉は「Full of bliss」だった。そして、今でもやはりそうとしか言えない。

そういえば、あの体験もちょうど今ぐらいの季節だった。あれ以来、楽園は自分の内にあると思っている。目を閉じて静かにそこに意識を向ければ、いつでもそれは体感としてやってくる。

愉楽の響きを

深刻になって凝り固まった身体から絞り出される声よりも、愉快の中で喜びのまま表される声の方が、内にも外にもよく響くだろう。

多くの人を先導しようと声を張り上げなくとも、自分自身が嘘偽りなく自らの喜びを生きていれば、その声は自然と必要とされるところへ届くだろう。

自己欺瞞という物語と目覚めの記録

2011年3月11日に起きた東日本大震災の後、水はもちろんのこと食材の産地も常に気にかけ、外食はなるべくせずに過ごしていたが、安心して食べられるものがどんどん少なくなっていく中、日々のストレスが本当に大きかったことを思い出す。

結局私はその数年後に鬱状態に陥った。東京での生活にも人生そのものにも限界を感じ、仕事を辞めてすべてをリセットした。

「この生活を続けていたら、身体的には生きていても、それとは異なる意味で私は死んでしまう」と思うようになり、会社へ行けなくなってしまった。今でもあれは肉体が発した警告だったと思っている。

その数年前から既に東京での暮らしに違和感を覚えてはいたが、「もうダメだ」と気づいてからはいよいよ自分に嘘がつけなくなった。生活も仕事も身の回りのモノも何もかもが「本当に望むもの」ではなく、「頭で言い聞かせてきたもの」で溢れていた。つまり嘘ばかりだった。

2015年前半にはそんな自分の状態をよくTwitterに書いていたと思う。いてもたってもいられなくて、身の回りの「嘘」をどんどん処分した。所有物はそう多くなかったが、気づいてしまった「嘘」に囲まれていることが苦痛で、凄い勢いでさまざまなモノを捨てた。

仕事を辞めた後の身の振り方は決まっていなかった。ただ、もう同じ稼ぎ方はできないと思った。「若くもなく特に秀でた技能があるわけでもない私には、他に選択肢はない」という理由をつけて、本意ではない働き方を自分に課すのはもう無理だった。

退職後、わずかな貯蓄はあったものの先など見えない中で、私はまだ鬱状態を引きずっていた。文字通り何もしたくなかったし、何もできなかった。「自分の本意に背いて何かしなくては生きていけないなら、今回の人生はそもそもエラーであり、野垂れ死にするしかない」と本気でそう思った。

今になって思うと、あれは自分を長年騙し続けてきた「自分自身の嘘」に気づいたショックがあまりに大きかったのではなかろうか。長い間自分の感覚を頭でねじ伏せていると、人は自分が本当に感じていることや本当に望んでいることすら分からなくなるのだろう。

「自分を騙し続けてきた自らの嘘」からようやく目が覚めたものの、あまりの変化に当惑していた。だから、とにかく少しでも「違う」「おかしい」「嫌だ」と感じることは自分に課さないようにした。根拠のない義務感や罪悪感から本意ではない選択や行動を取らないよう、日々細かに自らの感覚に耳を傾けた。

そうしているうちに出逢う人や関わる人が変わりはじめた。物質的にも精神的にも多くのものを捨てた後で失うものは何もなかったので、会う人、出逢う人に、何もない自分の状況を正直に話した。自分が知っている範疇の外側で生きてきた人々から様々な話を聞き、それまで思いもしなかった生き方をたくさん知った。

先の見通しは何もなく、わずかな貯蓄は目減りしていく中でも、目が覚めたショックから回復しつつあった私はなぜか妙に安心していた。多分、もう自分に嘘をつく必要がなくなったからだろう。金銭的不安はあったが、「本意ではないことをしなければ生きていけないなら、今回の人生はエラーだ」という思いは依然として強かった。

その後、突如目の前に開かれた思いもよらない扉に飛びこんだ。失うものは何もない、もしもダメだったらその時に考えよう」という即座の判断と行動だった。その後、実際にうまくいかないこともたくさんあったが、その都度とにかく自分に嘘をつかずに行動しているうちに、気づいたら今いる地点にたどり着いていた。

 

「このままではマズい」という自分の感覚はいつも正しい。「嫌だ」「違う」「おかしい」という感覚も正しい。だから、少しでもそう感じたら止まらなくてはいけない。そして、自分の感覚を信じて自ら考え行動することだ。それしか自分を助ける方法はないし、誰にも他者の自己欺瞞を止めることはできない。

「自己欺瞞=自分に押しつけていた嘘」から目が覚めたら、それまで見えていなかったことが見えてくる。「頭が作り出した都合」や「都合の良い思い込み」によって見えていなかったものが見えてくる。そして、それまで出会えなかった存在に出会い、それまで知らなかった世界が目の前に現れる。

 

ある役者さんが急逝されたというニュースをきっかけに、2011年以降に自分が何を感じ、何を考え、どのように行動してきたかを振り返っていた。

あれらのプロセスを通して、いかに自分が本当の感覚や本音を思考でねじ伏せて生きてきたかということに気づかされた。そして、長年に渡って正しいと思い込んできた自己欺瞞が、いかに人の思考と行動を束縛するかということも思い知った。

人には他者を変えることは出来ない。変えられるのは自分だけだ。

Infinite diversity

自分が訪ねたことのある国や土地のことなら多少は知っているけれど、それでも、そこで生まれ暮らしたことがなければ知り得ないことの方が多いだろう。関わるきっかけのない国や土地についてならなおのこと。自分も相手も知らないことの方が多くて当たり前、ぐらいのゆるさがちょうどいい。

共通の知識や経験が人と人とを結び付けることもあれば、思い違いや知らないことから新たな関係が始まることもある。互いに知らない同士なら、新たな発見を共有できることもある。知っていても知らなくても、そこから始まる展開がある。

世界の広さは、認識の広さだ。そして、世界の豊かさや不可思議は、意識の豊かさや不可思議と同じ。そこにはどんなことも在り得る、起こり得るという無限の多様性と可能性がある。

 

「知らない」ことを知っていること

日本人から「プラハ(人)って~だよね」「チェコ(人)って~だよね」という話題を持ちかけられるたびに、「それはあくまであなたの周囲やあなたの経験の範囲内での見解ですよね」と思っている(時と場合によってはそう伝えることもある)。チェコ人や他の国の人たちから「日本(人)って~だよね」と言われたときにも同じくだ。

私たちはつい自分の経験や知識の範疇で物事を判断しがちだけれど、周囲の傾向や自分が見聞きしたことだけを基準に「~は~である」と断定してしまうのはある種の怠慢であり、もったいないことだ思う。自分が知り得ることなんて世界のほんの僅かでしかない。

自分が知り得る範囲の外側には、まだ知らない無数の可能性があるということを「知っておく」だけでも、常に新しい世界に向けて自らを開いていられる。自由とはそういうことではないかと思う。