言葉にならないことの中に

やけに断定的な言葉や、やたらと流暢な言葉は、言葉が言葉を騙るようで、時に薄っぺらな虚構感すら漂う。本当に語りたいことはいつでも容易には語り得ず、語るほどにぐるぐると周辺をめぐるだけで黙するしかないことも多い。

たどたどしくもどかしい言葉にならぬことの中に、本質は宿っているようだ。

わたしとあなたと世界というひとつ

「I love you」と言う時、あなたを愛していると同時に、自分を愛し、世界を愛しているのだなあと思う。あなたという存在を通して同時に自分へと繋がり、そしてまた世界とも繋がっている。

三次元的(または物理的にか、地上的にか)には個と個の関わりでありながら、目には見えないところでは個を超えた全体に関わっている。理屈では説明しがたいのだが、ふとそう実感する瞬間がある。

言葉にすると、「わたし」と「あなた」、「わたし」と「世界」、「わたし」と「わたし」にしかならないけれど、その分離は目には見えないところで融合している。紡ぎとほどけが同時にあるように、分離と融合も同じところにある。

「I love you」と言葉にする相手があなたであるという偶然と必然。これもまた不可思議としか言いようがない。今ここのあなたを通して全体へと繋がり、わたしを超える何かへと還るという不思議。

何もないという無限

眺めていた窓の向こうをふと鳥が横切ったという偶然の中に、さまざまな意味を見出すことは出来るけれど、鳥が横切っていったという出来事そのものにはなんの意味もない。

思いつく限りの意味を超えて、すべてはただあり、ただ起きているということについての驚きは、言葉で表しようがない。

ああしようこうしようと考え、何らかの意味や目的に向かって歩んでいるようでいて、実は一瞬一瞬の今にいることしか出来ないので、あらゆる意味や目的を超えた何かに無限に至りつづけている気がする。「至る」というより「還る」という方がしっくりくるが、それが何であるかを言葉で表すのもまた困難だ。

意味も理由も目的も抜け落ちたところには、ただただ大丈夫しかない。まるで、何もないという無限の中で無自覚に遊んでいるみたいだ。

そうして、紡ぎとほどけはいつもいつでも同時に起きている。

Looking for beauty

美しい場所、美しい眺め、美しいものを美しいままに見るのはもちろん楽しいが、なんでもない場所、ごく当たり前の眺め、どこにでもあるようなものの中に美を見出すのはよりぞくぞくする。

あらゆるものの奥にある普遍的な美しさという夢は、時を経ても場が変わっても決して消えることがない。

皆既月食の時に思う

陰って見えなくなりはしても決して無くなるわけではなく、光の当たりがうつろえばまた新たに見えてくる。同じように見えていて、二度と同じものは見ていない。

意識は光のようなもの、形は影のようなもの。

Quiet walk

今日は午後から日本大使館へ。大使館周辺は現在レール交換工事のためトラムの運電が休止中。雲一つない晴天だったので、帰りは地下鉄の駅まで歩いた。

空もヴルタヴァ川も街の気配も、今日はすべてがいつもより静かなように感じられたのは、私の内面がそう望んでいたからだろうか。

Hazy afternoon in Prague

移民局で居住許可証を受け取った後、お天気も良く暖かかったのでレトナー公園(Letenské sady)へ行こうということに。

途中通りがかった聖パドヴァのアントニオ教会(Kostel Sv. Antonína Paduánského)では、桜に似た木がすでに花を咲かせていた。

トラムに乗ってチェフ橋(Čechův most)へ。プラハで2番目(もちろん1番目はカレル橋)に美しいと言われるこの橋は典型的なアール・ヌーヴォー様式のデザイン。橋の両側には4本のポールが立てられていて、その上では勝利者の寓意像が空を仰いでいる。

チェフ橋のすぐ横にある階段を登ると、レトナー公園の巨大メトロノームが見えてくる。ちょうど公園に着いた頃、太陽が顔を覗かせ、川面が煌めきはじめた。

霞を帯びた川沿い街並みはまるで絵画のように美しい。

百塔の街とも呼ばれるプラハ。
こうして見ると、確かにあちらこちらに尖った屋根が飛び出している。

のんびりと公園を抜けた後は、トラムに乗ってマサリク駅(Praha Masarykovo Nádraží)へ向かった。

 

チェコの居住許可証を取得

昨日は再び移民局へ。

今回はこれまでと違って、先方から連絡をもらった上で予約もしてあったので、指定された時間にすんなりと窓口へ通された。そして、ようやく『EU市民の家族のための一時居住許可証』を受け取った。

先日の電話でもそうだったが、窓口でもやはりこれまでとは全く異なるにこやかでフレンドリーな対応を受けた。「Promiňte, neumím Český」と伝えたところ「チェコ語上手じゃない!」と笑いながら英語で説明してくれた。

これでチェコでの役所手続きはまずは一段落。

Following bliss

あれもやったり、それもやったりしているけれど、知らぬうちに夢中になっていることは結局やっぱりこれなんだなあと実感したのは何十回目だろうか。

何のためにならなくても、何も得られなくても、放っておけばいつの間にか夢中になってやっていること。そこに専念していれば、あとのことはたいていどうにでもなるものだ。


“Follow your bliss … If you do follow your bliss, you put yourself on a kind of track that has been there all the while, waiting for you, and the life that you ought to be living is the one you are living. When you can see that, you begin to meet people who are in your field of bliss, and they open doors to you. I say, follow your bliss and don’t be afraid, and doors will open where you didn’t know they were going to be.” — Joseph Campbell