I wish you joy and happiness.

今日はパートナーの誕生日。
おめでとう。そして、いつも本当にありがとう。

May your heart be filled with bliss, delight and contentment.
And my wish for you is to be happy always.

Happy birthday my special.

塔の上から

朝起きてみたら窓の外が真っ白だった。白い景色を見たくていそいそと出かけてみたけれど、残念ながら街の中心部の雪はすでに溶けてしまっていた。

そこで、もしかすると美しい夕焼けが見られるかもしれないと思い、久しぶりにカレル橋の旧市街側の橋塔(Staroměstská mostecká věž)へ登ってみることにした。

カレル橋の上は、相変わらず大変な観光客の数。そして、橋塔の中もなかなかの混雑ぶりだった)。

残念ながら、夕焼けは雲に隠されてしまったようだ。

東の空には満ちゆく月が浮かんでいた。

今年も残すところあと数日。

 

不快な感情が教えてくれるもの

嫉妬や不安も怒りと同じで、その奥には抑圧された感情やエネルギーが隠れている。思いを素直に行動できないフラストレーションが嫉妬となり、恐れを正直に認められないねじれが不安となって現れる。いずれにしても、確かにあるものを抑圧し、無いものにしようとすれば、それは別の形で溢れ出す。

嫉妬を覚えたなら、まずは嫉妬そのものを正直に認めることによって、そこに隠された「行動されていない、表現されていない」思いや望みが見えてくる。それを素直に行動へと移せば、エネルギーはスムーズに流れていく。

不安を抱いたならば、まずは不安そのものを認めることだ。そうして、恐れを感じている自分の感覚に正直になり、それに従って行動すれば、エネルギーは循環する。

確かにそこにあるもの、確かに感じていること、確かに生じている思い。それらをそのまま認めて、それらに従って自ら行動することによって、エネルギーはスムーズに流れて循環していく。不快な感情や感覚は、エネルギーがどこかで抑圧されて捻れたり滞ったりしていることを知らせている。

赤ちゃんや子どもが悲しくて泣いている時、大人から「悲しいね」と肯定してもらうことによって、自分の感情が認識できるようになるという話は納得がいく。もしもそこで「泣いてほしくない ⇒ 泣いちゃダメ」という他者の都合による思いを押し付けられると、彼らの中にある感情は強制的に抑圧され、自分の感情と他者の感情との境界が混乱してしまうのだ。

私たちは時に、それと同じことを自分の中でしている。本当は「怖い」「嫌だ」「悲しい」「辛い」と感じているのに、「そんな風に感じてはいけない」と否定して抑圧するパターンはないだろうか。これを繰り返していると、本来の感覚や感情が麻痺していく。そうしてエネルギーはめぐらずに鬱屈し、自ら思考し行動する力が弱っていく。

例えば、「今、私は不安を感じている」と、今ここの感覚や感情をそのまま言葉にするだけでも、エネルギーがスムーズに動き出すきっかけになる。いずれにせよ、あるものをあると認めて行動すれば、それはより快適な方へと向かう力になるだろう。

怒りは自分への訴え

少し離れた場所にいるパートナー(という設定の知らない人物)に向かって「I hate you!」と大声を怒る夢を見て目が覚めた。しかし、目覚めた際に嫌な感触はなく、むしろ気分はスッキリしていたので「ああ、何か無自覚に無理をしていたんだな」と思った。無理を押しつけた自分自身に対する怒りが、夢の中でああいう形として現れたのだろう。

先週末にはパートナーの家族を訪ねたりと、このところまた少し忙しかった。彼の家族も友人たちもみな優しくて、いつも様々に気遣ってくれるし、私も彼等に会えることが嬉しい。しかし同時に、まだまだチェコ語が覚束無い私にとって、チェコ語しか通じない集まりの中に長時間参加することはそれなりのストレスも伴う。周囲の会話を「聞き取ろう、理解しよう」と耳や頭を懸命に働かせ、人々の動向にいつも以上にアンテナを張り続けている。きっとそうして思っていた以上に頑張っていたのだろう。

「夢の中で、あなた(と思われる人物)に向かって『I hate you!』って怒っていたよ。」とパートナーに話したら、「何で?僕は何もしていないよー!」と笑っていた。私もおかしくて笑った。そうして「きっと無理をして頑張っていたんだねぇ。」と笑いあった。

こういう時にはいつも、ただありのままを聞いて受け止め、正直に対話をしてくれる彼の姿勢が本当にありがたい。フラットでリベラルな彼の在り方にはいつも尊敬を覚える。

怒って大声を出す夢の中の自分はまるで子どものように正直だった。改めて、自分に無理を課さないようにしよう。分かろう、理解しようと思うのは素直な思いだけれど、そこに過剰な努力をする必要はない。「ありがとう」と思いながら、分からないことは分からないままくつろいでいよう。

チェコの人々と共産主義時代について

パートナーの家族にお会いすると、日常のごく些細な事柄や習慣等の中に、共産主義時代のチェコでの生活がどのようなものであったかを垣間見て、いろいろと考えさせられる。時には静かなショックを受けて、説明しがたい複雑な感情がこみあげてくる。

多くの選択が規制され、自由が制限され、食料をはじめ入手できるものも限られた生活。人々の内側と間にシステムによる恐怖とそれに基づくコントロールが染みついた日々。共産主義時代の生活は、民主化した後にも多くの人々の意識や姿勢に影響を残し続けているように見える。

チェコでは1989年に共産党体制が崩壊し、民主化が進んだ。しかし、41年間に渡る政治的な抑制と残忍な統制の中で、絶望や抵抗よりも先に諦めるしかなかった人々にとっては、いきなりの民主化はそれはそれで困難なものだったかもしれない。

共産主義時代、人々は多くの物を奪われ、あらゆる機会や選択の自由を奪い取られた。それだけでなく、個人の考えや思いや言葉、個有の資質や才能など、自分であることそのものも抑圧され、時に破壊され、奪われてきたたのだろうと想像できる。

私のパートナーはビロード革命の直後に生まれたポスト・コミュニズム第一世代で、共産主義時代を直接経験してはいない。しかし、両親や家族がどのような生活を送り、その中でどのような意識や姿勢を持たざるを得なかったかを知る彼の共産主義への反発は強い。

彼は、共産主義体制が崩壊した後にも、それが人々の内外に大きな影響を残していることを身をもって知っているのだろう。また、体制側にいた人々がそのまま現在も政治の中枢に居座り続けていたりするのだが、そのように、システムが変わっても社会がそう容易く変化するわけではないこともよく分かっているのだと思う。

しかしまた、彼からよく聞くのは、どんな時代にあってもチェコの人々は笑いを忘れなかったという話だ。さまざまな抑圧の中でも常にユーモアを保ち、社会の困難を笑い、苦しい日々を笑い、時には自分自身をも笑い飛ばしながら逞しく生き延びてきたその国民性を彼らは誇っているように見える。

チェコ・ヌーヴェルバーグの一員でもあった映画監督イジー・メンツェル(Jiří Menzel)が自身の映画について語った中で、「チェコの人々はどんな時でもユーモアを失わない。なぜなら、ユーモアがあることによって人は自由を獲得できるからだ。」と話していたことを思い出す。

物事から少し距離を置いて見つめる冷静なチェコの人々の気質は、長い歴史の中で育まれてきたものなのだろう。数々の侵略と抑圧の中を笑いをもって生き抜いてきた逞しさは、現代にも確実に受け継がれている。チェコの人々のジョークは時々驚くほど辛辣だけれど、彼らのユーモアセンスは本当に秀逸なのだ。それは、数々の映画や文学、アニメーションなどにもよく表れている。

Peaceful day in Třeboň

昨夜は、パートナーの家族とクリスマスディナーを楽しんだ後、彼と彼のお兄さんは友人たちを訪ねて出かけていったが、体調がいまいちだった私は早々に休ませてもらった。おかげで今朝はかなり早くに目が覚めて、窓の外に広がる息をのむような美しい朝焼けを見ることができた。

のんびり起きてきた二人とともに、クリスマスディナーの残りでゆっくりブランチ。一晩寝かせたポテトサラダがさらに美味しい。冷えたチキンシュニッツェルもまた美味しい。そして、またペルニークに伸びる手が止まらなくて困る。

そしてまた町へ散策に出かけた。

今日もやはり人の気配は少なくて、町は静まり返っている。

雲一つない青空の下を歩くのはとても気持ちがよかった。トジェボニュの町にはいつも穏やかで平和な時が流れている。

プラハへ向かう前に、トジェボニュ・ラーズニェ(Třeboň lázně)駅に暮らしている三毛子さんにご挨拶。また来週会いに来るね。

あたたかいクリスマスイヴ

今夜はトジェボニュ(Třeboň)で暮らすパートナーの伯父さん宅に彼の家族が集まり、みなでクリスマスイヴを迎えた。

チェコのクリスマスディナーと言えば、鯉のフライとポテトサラダ。トジェボニュは鯉の養殖で有名で、チェコで鯉といえばトジェボニュ産。しかし、パートナーも私も鯉は苦手なので、事前に伯父さんに電話をしたところ「ちゃんと鶏肉も用意してあるよ。」と笑われてしまった(ありがとう!)。

食事前にもテーブルにはずらりとクリスマスのお菓子ツクロヴィー(cukroví)が並ぶ。これらもみな料理上手な伯父さんの手作り。クリスマスのパン、ヴァーノチュカ(vánočka)は大伯母さんが焼いたものだそう。

私が一番気に入ったのは、叔父さん曰く「焼いたのはこれが二度目」だというチェコのジンジャーブレッド、ペルニチュキー(perníčky)。手が止まらなくて困るほど美味しかった!

もちろん、伯父さんの美味しい料理もたっぷり堪能し、お腹いっぱいになった後にはクリスマスギフトの交換。和やかで楽しいクリスマスの夕べはゆっくりと過ぎていった。

Candle in a snow ball

素敵な女性から贈り物が届いた。「Snow ball」という名のキャンドルホルダーは、雪というよりもまるで氷のよう。空を渡って手元にやってきた溶けない氷。

水晶も好きだけれど、ガラスやクリスタルも好きだ。透き通る美しいものを眺めていると、心も透き通っていくような気がする。このキャンドルホルダーは、手でぎゅっと握ったようなあたたかさとガラスの透明な冷たさが共存している。

早速、ろうそくを灯してみた。
ガラスを透過した光も美しい。
同封されていた丁寧なメッセージも嬉しかった。

ありがとうございます。

一枚の写真から

2013年9月頃から既にプラハへと運ばれる流れは始まっていたのかもしれないと不意に気づいて、静かに驚いている。

写真家のセイケトミオ氏プラハで撮影された一枚の写真に不思議な懐かしさを覚えたのが、2013年9月のこと。説明しがたい既視感を覚えたその写真を、当時暮らしていた部屋に飾っていたのを覚えている(写真展のパンフレットを切り抜いたのだ)。

ちょうどその頃に自分が「いつかプラハを訪ねたい」と短いツイートを書いていたのを発見したのだが、まったくもって覚えていなかった。

当時はその後、Josef Sudekをはじめとするチェコの写真家を少しずつ追い始めたものの、チェコを訪ねる具体的な計画などはなく、それはあくまでも「いつか」という夢のひとつだった。

まさか4年後に、あの写真の街に自分が暮らしているなど、誰が想像できただろう。なぜか既視感と懐かしさを覚えた一枚の写真。今その場所に自分が暮らしていて、その写真がどの角度から撮られたかも分かる。それは、決して有名な美しい観光地などではなく、むしろ特に目を留める人はいない風景、ひっそりと忘れられたような場所だ。

説明しがたい不思議な感覚とともに、数年の月日がほどけていく。

さて、そして、2012年に思わぬ縁で譲ってもらったR型ライカのことだ。チェコへ移住するにあたり大半のモノを処分した中、今でもちゃんと手元に残してある数少ないもののひとつ。しかし、実はずっとどこか借り物のように感じていた。なぜかなかなか本腰を入れて向き合えず、ほぼ眠らせたままだったのだ。

けれど、ようやく今日になって「これは私に与えられたものであり、私のものなんだ」という実感がやってきた。2012年春の出逢いからずっとそばで待っていてくれたのかもしれない。

このR型ライカを私に譲ってくれたのは、ある写真家の友人だ。彼と出逢っていなければ、私はセイケトミオ氏のことを知ることはなかっただろう。Josef Sudekをはじめ、他の多くの写真家の作品にも出逢わなかったかもしれない。彼とは少し不思議な出逢い方をしたのだが、そのきっかけはやはり惹かれてやまない美しい写真だった。もちろん、それは彼の作品だ。

改めて、深い感謝がこみあげてきた。そして、大急ぎで彼にメールを書いた。「大切なカメラを譲ってくれてありがとう。」

「やっとその気になったか。」と笑われるだろうか。

ちゃんと取り組んでいこう。人を通じて私に与えられた大切な道具とギフトにしっかり向き合い、存分に活かしていこう。そして、人を通して気づかされた「自分の望み」にきちんと応えていこう。

やっとそう思えた。

Timeless Time, 2012, ©Tomio Seike