南ボヘミアの静かな村ルトヴァー

私のパートナーのご両親は、南ボヘミアのルトヴァー(Lutová)という小さな村で暮らしている。もちろんパートナーもルトヴァーで育った。ご両親はパブを経営していて、各国から多くのサイクリストが南ボヘミアを訪れる夏にはかなり繁盛している。秋になったとはいえ、この週末もまだまだサイクリングを楽しむ人々の姿をたくさん見かけた。

彼のお母さんの誕生日をお祝いする前に、少し散歩に出かけた。

向かったのは、小さな丘の上にある教会の跡。少し離れた場所に後から建てられた教会がある他には周囲に何もなく、静かに風が吹き抜ける不思議な場所。

音がないほど、より豊かな響きを感じるのはなぜなのだろう。

 

Třeboňの聖ヴァーツラフ祭

今週木曜日はSt. Wenceslas(Václav) Day=チェコ国家の日だったので、そのまま週末にかけて少しだけ長い休みをとっている人も多い。

そして、この週末はチェコのあらゆる町が聖ヴァーツラフ祭で賑わっている。トジェボニュ(Třeboň)の町の中心マサリク広場(Masarykovo náměstí)にもたくさんの屋台が並び、思っていた以上の賑わいだった。

チェコの古い町はパステルカラーにあふれている。 トジェボニュの旧市街の通りにも、カラフルに彩られたかわいい家(レストランや商店)が立ち並ぶ。こういう町並みを見るたびに、ここはチェコなのだなあと実感する。

トジェボニュ城館の周囲に広がる公園はすっかり秋の気配。見事な秋晴れの空の下では、色づく木々と白い城館がひときわ美しく見える。

 

南ボヘミアTřeboňへ向かう電車の中から

チェコ鉄道に揺られて南ボヘミア、トジェボニュ(Třeboň)へ。
今日の車輌はちょっと古くて、子供の頃に乗った電車を思い出す。

今日9月30日は、パートナーのお母さんとおじいさんの誕生日。
トジェボニュからさらに車でルトヴァー(Lutová)という小さな村へ向かう。

指定席の車両番号は369と嬉しい数。
きっと今日も素晴らしい一日となるだろう。

自分を生きるということは

「自分で自分の機嫌を取る」という当たり前のことを当たり前にするには、自分がどう感じ、何を思い、どうしたいのかに正直になり、どうするかを自分で決めればいい。

自分を明確にし、自分で決めて、自分で動くこと。
ただそれだけだ。

自分にきちんと関わって、自分の本当の感覚や思いを明らかにする。そうして自分で決めて、自分で動いていると、不快な感情はそうそう滅多に湧いてはこない。

怒りや憤りは誰かや何かに対するものではなく、「自分が、自分の感覚や本音に耳を傾けていない」というサインなのだ。

相手がどう思うか、他者はどう感じるか、周囲はどう期待しているのかではなく、自分はどう感じるのか、自分はどうしたいのか、自分はどうするのかを基準に、思考と言葉と行動を一致させること。

それができてようやく、対等な対話による互いの擦り合わせ、相談、交渉が可能になる。自分にきちんと責任を持つ者同士の対話はスムーズでシンプルだ。

シンプルでいることは快適だ。
そして、自分が自分で快適ならば、現実も快適になっていく。

「自分で生きる」「自分を生きる」ということは、シンプルなことだと改めて思う。どんな機嫌で生きるのか、どんな視点で世界を見るのか、どんな自分を生きるのか、私たちはいつでも自らそれを選ぶことができる。

 

Be honest, stay true.

「ひたすら正直に生きて、それで食べていけなくなるならば、今回の人生はそういうことなのだ(だから死ぬだけだ)」と思い、あらゆる自分への誤魔化しと嘘を辞めると決めた二年前。

あの時、一旦全てを放棄したはずだが、今もこうして生きている。

「~だと思う」「~したい」と言うのを辞めると決めたのも数年前のこと。自分の言動は自分で決める、自分の言動に責任を持つ。すると、自分が変わり、現実が変わる。

英語(と、わずかなチェコ語)で自らの意思を明確にしなくてはコミュニケーションが始まらない環境で暮らす中で、そのことを日々実感している。

「身体の要求に素直に従う」「正直に行動し、正直に口にする」「したくないことはしない」「自分に何かを強制・強要しない」「~しなくては、~すべきという思いは、本当にそれをしたいかをよく確認する」というようなことに意識的に取り組み、かなり習慣化されてきたけれど、再び意識的になろう。

不思議と生かされていることに感謝しつつ、今ここの自分にいつも正直であるだけだ。

4500年の夢想

大好きな場所、Butovické hradiště

ここではいつも心地よいエネルギーを感じる。
体と心が癒されて、大地に静かに落ち着いていく。

そして、いつも思いを馳せてしまう。
紀元前2500年頃、人々はこの丘の上でどんな生活を営んでいたのだろう。

プラハのおすすめブティック

 

夏の間に一時帰国するつもりでいたので秋冬物を持参しておらず、急激な気温低下に困っていた今日この頃。いつも素敵なイタリア製品をリーズナブルな価格で提供してくれる友人のブティック「Lilla shop」で、ニットとデニム、そしてかわいいワンピースを入手した。普段使いから、来週末に出席する友人の結婚式まで対応できそうで、とても嬉しい。

彼女のブティックでは、時々驚くような掘り出し物に出会える。今回は、BLUEGIRLのデニムを500czk(約2,500円)という破格で購入。最小サイズ故の売れ残りが、身体の小さい私にはピッタリだったというありがたいご縁。

彼女の店で、私が思わず手に取る服は、ViCOLOのものが多い。特にニット類がかわいくて、去年も何点かとても気に入って購入した(日本に置いたままなのが口惜しい)。素材もすべてイタリア製というこだわりのイタリアンブランド。

ViCOLOとは少しテイストが違うけれど、ottod’Ameの洋服も素敵なものが多い。シルクやカシミヤなど高級な素材を用いた製品も多く、全体的に少しエレガント。

いずれのブランドも、彼女の店を訪ねる前には名前も知らなかった。こうして彼女を通して、いつも新しい発見と出会いを楽しむことができるのも嬉しい。そしていつもあれこれ試着しては、おしゃべりにも花が咲き、ついつい長居をしてしまうのだ。

そんなわけで、プラハで素敵な洋服を探しているという方には、いつも彼女のお店を紹介している。チェコではまだまだ少ない質のいいイタリアブランドを、良心的な価格で扱っている。

Lilla shop
住所:Prokopská 625/3, 118 00 Malá Strana
電話:+420 604 140 365

Fullness of emptiness

頑張らない、探さない、求めない、無理をしない。今の自分、今ここの状態に、OKを出して落ち着くこと。そうして眺めてみれば、今既に十分満たされていることが見えてくる。

無自覚に繰り返している思考と行為を辞め、静かに止まることによって見える地平。

安心はそこにあるし、そこにしかない。

今ここにあるもの

自分の願いが不足や不満、不安(という思い込み)に基づくものではないか、時々確認してみるといい。

たとえば、「お金がほしい」という願いについて。

その根底に「お金がないと将来が心配だから」「お金がないと~ができないから」という無意識の(そして根拠のない)不安があるとすれば、「お金がない、足りない」という思考を繰り返すだけであり、その通りの現実を作り続けることになる。

同じ「お金がほしい」という願いも、「私はこれをやろう、やり遂げよう、そして分かち合おう」という創造への情熱からくるものであれば、思いもよらぬ形で叶えられるもの。手元にあるものをちゃんと活かし、今ここにできることを行動することによって、必要は自ずと与えられる(生み出せる)。

「(今持っている)何かを、失わないために~をする」というのも、「何かを失う、損なう」という思い込みと不安に基づいているので、結果的にそういう現実を作り続けて空回りをする。

つまるところ、どんなことに関しても、今ここにあるもの、既に与えられているものを感謝とともに活かしてこそなのだ。

今の自分にできること(才能、能力、技術)、今まさに手元にある資材資源、今の自分が人々から借りられる力。それらを活かし、表し、行動して、世界と分かち合うことによって、次に必要なものがやって(還って)くる。

外側から与えられるもの、還ってくるものもまた、自分の内側が作り出す反映であり、すべては自分の中から始まる循環。

私を超える夢

夢を描き、ビジョンを生み出したなら、それを誰がどのような手順で形にするかにこだわる必要はない。誰かが思いもよらぬ形にしてくれるかもしれないし、私(あなた)が死んだ後にようやく形を得るかもしれない。

大切なのは、一人より二人で、二人よりも大勢で見ることができる夢そのもの。

夢を独り占めしないこと。夢を夢で終わらせないこと。太っ腹に手放しで世界と分かち合うほどに、それは時空を超えて実現されていく。夢を生きるとはそういうこと。

私の内からあふれ出した夢が、私など遥かに超えていく。
それは、なんという喜びだろう。