英語生活がもたらした意識と言葉の大きな変化

何年か前、ある人から「あなたの文章は時々まどろっこしい」と言われたことを覚えている。そして、数年前の自分のツイートを読み返してみると確かにまどろっこしい。

引用したツイートに書かれているように「周辺的なこと」についての語りが多く、まとまりに欠けて、要点がぼやけているのだ。

その後、3年前にぽんと飛び出した海外で単独行動をしなければならなくなってから、半ば錆びついていた英語を駆使せざるを得なくなったわけだが、英語で生活するようになってから私の日本語文章は明らかに変わった。

以前より確実に簡潔になったし、なるべく論理的にまとめようと意識するようにもなった。

日常的に使用する言語が思考のパターンや傾向に作用するのは当然のこと、さらにそれは母語による思考と概念体系、文章構築にも影響を与えるということを実感している。

数年前の自分のツイートがまどろっこしいのは、実は敢えてはっきり明言しないよう努めていたからというのもあるだろう。

当時の私は「私はこう感じる、思う、考える」と断言するのを避けていたように思う。周囲(という幻)の顔色をうかがいながら、当たり障りがなるべく少ない書き方を模索していた気がする。

日常のごく些細な場面においても常に「それで、あなたはどうしたいのか?」と問われ、自らの考えや意見を明確に述べなければ会話も何も始まらない日々の中で、今現在の自分の感覚と思いをきちんと認認識して、「私は」という主語を用いて意識的に発言する習慣がついた。

それは本当に大きな変化だった。

The sky is always there.

オーディションが思いのほか早く終わったので、街中をのんびりと散策。

よく通る道でふと、あ、この建物はこんな形をしていたんだ、とか、こんな装飾がなされていたんだと気づくことがある。多分いつもは反対側を歩いていたから気づかなかったのだろう。

カレル広場にいるこの木が好きで、時々会いに来る。

空はいつもそこにある。

「私は」という主語で語ること

「日本(○○国)は」「社会が」といった大きな主語で語りたがる人の話は、その奥に無自覚な思い込み(都合)が隠れていることが多く、「その人自身の本当の感覚と思考」が述べられることは少ないので、会話が成り立ちにくい。

私自身、なるべく「私は」という主語で語るように意識している。

物事や現象の構造を俯瞰し分析した後はつい大きな主語で語りたくなることもある。多分それは「私は分かっている」と思いたいからなのだろう。

しかし、「分かっている私」と「分かっていない他者」という分離の構築は自我の一時的満足(逃避)でしかなくて、根本的解決(理解)からはむしろ遠ざかる。

「分かっている私」もまた、その構造を支える一人(その一部)であるという事実。それを直視するのは時になかなか辛い。

その感覚を伴わないまま「分かっていない他者」を嘆いたり、批判したりするというのはまさに自我の都合(逃避)だ。

「私」という主語で語ることは、そんな自我による欺瞞のパターンに陥るのを防いでくれる。

存在の平等性と多様性についての感覚

これは私の身の回りだけのことかもしれないが、チェコ(及びその他欧州の国々)では、会話の中で人の容姿が話題になることはほとんどない。

相手や他者の外見について話さないだけでなく、自分についても外見にまつわることを話題にすることはほぼない。

もちろん、カップル同士の会話では互いを褒めあっているだろうし、親しい友人との中では「どうしてあなたはいつもスリムなの?」「皺ができちゃった」などといった話をすることはある。

しかし、自他ともに人の容姿についてあからさまに言及することは滅多にないし、外見の優劣が話題になることもない。

以前に、「日本の人はなぜ他者の外見について(賞賛も含めて)気軽に言葉にするの?」と問われたことがある。

そして、そういえばこちらの人たちは、たとえば「脚が長い」とか 「目や髪や肌の色が美しい」とか、 そういったことを(特別な仲でない限りは)口にしないこと気づいた。

確かに、この環境の中で、もしもそう親しくない人から外見についていきなり賞賛されたら、私もむしろ訝しく感じるだろう。生まれついた容姿についてはもちろんのこと、民族的特徴について言及することにもされることにも違和感を覚える。

しかし、日本にいた時は私も今よりずっと自分の外見を気にしていたし、容姿についてあれこれ言われたり耳にしたりすることも多かった。

この「容姿や外見についての意識と思考の違い」はどこから来るのだろう?ということについて純粋に興味を抱いている。

その根底には「自分」という意識の成り立ちの違いがあるのではないか?と思っている。

「私は私である」という感覚の違い。それはまた、「あなたはあなたである」という感覚の違いにも繋がっている。

オペラ『Don Giovanni』とプラハのモーツァルト

本日はプラハの夏の定番、エステート劇場にてモーツァルトのオペラ『ドン・ジョヴァンニ』を鑑賞。

ドンナ・アンナ役のソリスト金城由紀子さんが特にすばらしかった。オッターヴィオ役のJosef Moravecさんによるアリアもとても良かった。

この劇場でモーツァルトが『ドン・ジョヴァンニ』の初演を指揮したのは231年前のこと。初公演を大成功で終えた際、モーツァルトは「私のプラハ市民は、私を理解してくれている!」と言ったという。

ウィーンにおいて彼のオペラは不遇に見舞われ続けたが、プラハでは熱狂的な支持を得た。モーツァルト本人もその喜びを友人宛の手紙に書き残している。

プラハはモーツァルトにとって嬉しいことの多い街だっただろうし、プラハにとってもモーツァルトは特別な音楽家だと言えるだろう。

この街に辿り着いて以来、さまざまな時と場所でふと彼に思いを馳せている。彼の目や耳や肌は世界をどのように感じていたのだろうかと想像している。

日食前の濃密な一日

今日は実に中身の濃い一日だった。

朝から友人カップルの結婚式に参列し、午後からの結婚パーティーにも参加した後、夕方からはまた別の人に会いに出向いてワクワクする話を聞き、そのまま夕飯を食べに出かけた。

独創的な友人カップルの遊び心に満ちた結婚式と披露宴は終始たくさんの笑顔にあふれていて、出席できて本当に嬉しかった。また、同じテーブルの友人たちとの会話もとても楽しかった。

夕方のミーティングでは、当初の予定は変更になったものの、今後の動きがより具体的に見えてきたし、可能性に満ちた未来がますます楽しみになった。

また、予定変更によってスケジュールが空いた途端、大きなオーディションの案内が舞い込んできた。

いくつかのまるで異なる分野と物事に並行して取り組んだり関わったりしている。それらがこれからどんなバランスに変化していくのか、私自身がどうバランスしていくことになるのかを楽しみにしている。

それにしても、よく食べ、よく飲み、よく動き、よく話して、よく笑った。
本当に愉快な一日だった。

それぞれの位置、それぞれの道

このところ、何人かの人との間で「いよいよお別れの時だな」と感じることがあった。といっても特に何かが起きたわけではないし、ましてや感情的なことでは全くない。

これまでにも既に距離の広がりは実感していたけれど、「距離」という横軸ではなく、それぞれのいる位置が縦軸にはっきりと別れたような感じだ。

それぞれの意識、それぞれの世界。
見る世界が違えば、必要も異なっていくのは当たり前のこと。

そうしてそれぞれ変化していくというだけだ。

まさにこういう感じで、事務的な短いやり取りの中や、些細な言動の違いなどに、変化をはっきりと感じている。

 

そしてまた、自分自身の意識の変化も実感している。

日本にいた頃には「日本を出て世界へ」と思っていたし、チェコに流れ着いてからも「チェコだけにとどまらず、世界へ」なんてどこかで思っていたけれど、いつの間にかそういう境界感覚が薄れていることに気づいた。

「ここ」と「ここではないどこか」の違いがあまり感じられない。どこでもOKだし、どこでも同じようにやれる気がする。

だから「ここ」に執着する必要もないし、「世界へ」とむやみに焦る必要もない。今ここでできることをしながら、流れとともにどこへでも行くし、無理に行かなくてもいい。

とにかく、今の自分にとってふさわしい流れとともにあるということだけは分かっているという感じだ。

努力は(それなりに)しているけれど、無理はしないし、望みは描いているけれど、期待はしていない。それよりも、いかに今この瞬間に納得しているか、満足しているかに耳を澄ませている。

 

終わらせることは始めること

感情で訴えても通じない相手(人、組織、政府、すべてを含む)に向かって、どれだけ事情や思いを述べたところで、その言葉は届くことはない。

本当に現状を変えたければ、合理的な手段を取り、より効果的な行動を起こすのが一番だ。

感情による訴えは、自分と相手が同じか近い意識上にある場合にのみ響くもの。相手が自分とはまったく異なる意識(思考、目的、見ている世界)にいるなら、それはむしろ徒労に終わる。

「わかってくれるはず、変わってくれるはず」という思い込みを脱し、気づいて、自分が変わる方が早い。

 

対象が何であれ、闘いには中毒性があるのだろう。

「悪」や「問題」とみなした相手と闘っている間は、自分にとって本当に必要なことや大切なことから目を背けていられるからだ。だから、時に自分が不毛な闘いに没頭しているという事実に気づくのは難しい。

しかし、肉体(時間)には限界がある。

自分の中に、相手に対する「いつかはわかってくれるはず、変わってくれるはず」という思い込みがあると気づくことが、まず第一歩かもしれない。

そういう意味では、本気の絶望こそが本当の始まりになるのだろう。ただし、そこまで肉体が持ちこたえられれば、という条件付きではあるけれど。

「頭の都合で体(命)に無理を押しつけづけていると、あっという間に体は限界を迎えてしまう。自我の都合で自分を不快にしつづけるのは、命を貶めることだよ、とは思う。」と昨日の記事に書いたが、闘いへの没頭もまた「頭の都合」なので、体(命)を傷めかねない。

 

体(命)を本当に活かして生きられる方へと自らが変化し、移動し、行動するほうが無理がない。

また、自らの期待や思い込みを脱して、相手や何かとの闘いを終わらせることは、結果的にその対象を衰退させることにもなるだろう。それは、不毛な関係を支持するのをやめるということだ。

自己を生きる、命を生きる

無数の「おはなし」を作っては、わからないふり、気づかないふりをするというのは頭(自我)のゲーム(都合)。そうして、わざわざめんどくさい現実を作り出しては、飽きた頃にふと思い出すというのも人間ならではの経験と言えるだろう。

とはいえ、肉体(時間)には限界があるので、少しでも気づいたならとっとと抜けた方が楽だしはやいよね、というのが私の感覚だ。

思考や言動の選択もそれぞれに好き好きなプロセスなので、直接相談を受けた場合以外、私は何も言わない。

ただ、頭の都合で体(命)に無理を押しつけつづけていると、肉体はやがて限界を迎えてしまう。人生なんてあっという間だし、自我の都合で自分を不快(不幸せ)にしつづけるのは命を貶めることだよ、とは思う。

 

「本当は決して望んでいないこと」を言葉にするというのも肉体(命)を貶めることだ。だから、本望ではないこと、思ってもいないこと、不要なことは口にしない。エネルギーを不必要に分散しない。

そういう意識と行動は、自分が本当に望むことや、本当にやりたいこと、今まさに必要なことに専念するよう促してくれる。

この一年を振り返る日々

今日集まったお二人とは、約一年前に別の友人を介して初めて会った。そのうちの一人が、先日のブログにも書いた、思いもしなかった新しい世界への扉へと私を連れて行ってくれた人だ。

あれからもう一年かと驚くけれど、この一年のうちに起きた変化も変容もまた大きくて濃密だった。

今日もよく歩き、たくさん話した。家族や身近な人を見送ったり、新しい世界に飛びこんだり、一年の間にそれぞれさまざまな経験を経て、肉体も意識も思いも変わった。

ここしばらくこうした久々の再会が続いていて、この一年ほどの間に起きた変化を振り返る機会が重なる。

夕暮れ前には最寄駅でパートナーと合流して、近所のカフェでしばし夕涼み。風通しのいい快適なテラスのあるカフェはいつも閉店まで賑わっていて、近所の方々がめいめいにくつろいだ時間を過ごしている。犬の散歩途中に立ち寄る人も多い。少しずつ顔なじみが増えて、挨拶されることもある。

ご近所さんでもあるオーナーは、私のチェコ語学習を見守ってくれている。少しずつやり取りができるようになるたびに、「やるね~」と喜んでくれるので、私も新しい言い回しや単語を覚えるのが楽しい。

今日一日を振り返っただけでも、ありがたいことばかりだ。たくさんの親切に出会い、さまざまな人と笑顔で言葉を交わした。

友人が今日、「あなたは最初の撮影からラッキーだったし、ここまですべて本当に順調で幸運だよ。」と言ってくれたけれど、確かに私は恵まれていると感じる。

ありがとう。